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エッセイ : 設計・開発技術者の育成について

正員 宮崎建雄

団塊の世代が高齢化し,今後急速にリタイアしていく昨今のわが国の造船業において,設計技術や製造技術の伝承・後継者育成は,各社共通の課題である。とりわけ,設計力の維持向上は重要な課題である。造船所の中で 30 年間生産技術の開発に従事してきた者の視点から,全く設計の門外漢ではあるが,設計業務の基本認識,そして設計・開発技術伝承と後継者の育成について考えてみたい。

技術,技能,ノウハウは一朝一夕に身に付くものではなく,永年の努力の積み重ねに基づく体験と経験によって,その個人に培われ蓄積されていくものである。モノ作りやエンジニアリングを業とする場合,上流に位置する技術部門がその分野のトップレベルの技術を持ち,関連する部門や関係する産業界との調整やその技術評価をし,効率よく業務を推し進める指導的役割を果たさなければならない。一方,技能はその人にしか出来ない技量で,余人を以って代え難いものと言える。 その中で設計とは,人間の知的生産活動で,属人的要素の大きな分野のため,合理化を進めにくく,訓練と技術伝承にたよるところが大きい。設計業務は,理論 40%,経験 60% と言われるほど,経験,蓄積した知識情報に依存した人間の判断によって処理する作業である。設計現場では,設計計算作業等はコンピュータにより高速化されているが,設計者の経験的判断にまかされた製品開発や概念設計は,合理化を進めるのが容易ではなく,従来からハウツーものが多く出版されてきた。設計の業務は,図面をアウトプットすることでは終わらない。図面に表した性能が出る製作方法,トラブルの無い製品,コストダウンするための効率的提案など守備範囲は広い。 

このような業務を行う設計者は,ビジブルなものを通してインビジブルなものを見出していく能力をもっていなければならない。また設計者は,顧客の製品に対する不平・不満を行動に翻訳できる建設的な者でなくてはならない。即ち,混在する多量の物や技術・知識の中から秩序を見出そうとする努力の出来る者でなくてはならない。コンピュータは,創造設計,概念設計の段階を経たものを高速で処理することには適しているが,人の頭脳に依存している作業の代行をするものではない。人間の頭脳に依存する業務をおろそかにしたり,他社に依存したりしていては技術は蓄積されない。

このような基本認識の観点から,設計技術者の育成に係わる問題とすべき兆候が現在現れていないか一度見つめ直してみることも大切であろう。合理化を追求するあまり,合理化の進めにくい設計の上流分野をアウトソーシングする風潮が蔓延し,概念設計まで外注することが合理的と思われるようになっていないだろうか?思考は仕事ではないという管理,全く新規の概念設計でもスケジュールにのると思っている管理,問題点を認識しない管理がある一定期間続くと,「考えることを止めてしまった設計者」,「図面作成能力のない設計者」,「技術は外部から来ると思っている設計者」が横行し,「検図が出来ない設計者」や「図面の段階で問題点のわからない設計者」が育ち,技術を知らない技術者が増えてきていないだろうか?設計図面を作成することにより,技術調査,計算,製作上の検討,工程管理,性能・品質などを付帯的に勉強していた人がいなくなり,設計者は希薄な技術でこと足れり,で終わっているケースが見受けられるようになってきていないだろうか?Easy going でものごとを処理し,これといった技術を持たなくて天狗になっていたり,技術は外から来るものと思っていたり,社内の技術に不信感を持つような現象が現れてきていないだろうか?等々。

技術開発は「草競馬のようなものである」と言われている。なにふりかまわず,やぼったくても,速く走ったものが勝ちである。氏素性や毛並み血統が良いから,衣装が整って見栄えが良いから,設備や金があるから勝つのではなく,実力のある者が勝利をつかむということを言い表している。これは,初期の発想段階において,創造性が重要であることを強調している。開発作業がスケジュールに乗り出すと,人,モノ,金を投入してスピードアップを図らなければならないことは言うまでもない。また,開発技術者には,次のような三つの Spiration が必要であると言われている。

  • Aspiration・・・大望すなわち執念。
  • Perspiration・・・発汗すなわち努力。
  • Inspiration・・・勘・ひらめき。

この三つの Spiration も属人的な要素を言い表していて,設計・開発技術者の資質に関わるものであると言える。従って,開発設計や開発研究をまかすことの出来る人材は誰でも良いというわけにはいかない。科学性に基づいた人材管理が肝要である。

ところで本文章が,西部造船会メールマガジンの "エッセイ" のコラムにふさわしいものかどうかは分からない。ふさわしいかどうかは読者の判断に委ねたい。50 歳代の半ばに達した造船所技術者の視点から,日本造船業の今後の課題として今一番気がかりに思っている技術者育成の話題について思いつくままに筆を走らせてみたものである。

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